いかに弘法大師であっても一夜ではつくれないと思うのだが、まず骨組みと屋根をつくる日本の家は、屋根をつくるということで家ができたとみなす象徴的な話である。
レンガをひとつひとつ積み上げていく発想、すなわち小さなものを積み上げていくという、ローマは一日にして成らずの西洋人の発想と、弘法大師一夜の作の日本人のコンセプトとは根本的にちがうところである。 桂離宮とベルサイユ宮殿とはほとんど同じころに建てられた。
同様にともども現在も健在である。 だが、ここにも日本的発想と西欧的発想の根本的な違いが見える。
日本人にとっては、どちらかといえば桂離宮の発想のほうが向いている気がしてしかたがない。 その理由の一端を示せば、桂離宮をつくった八条宮智仁親王は、豊臣秀吉の猶子になっていたにもかかわらず、敵の徳川の世になっても人生をエンジョイされ、長寿を全うした。
フランスのルイ14世や15世はベルサイユ宮殿での想像を超えた華麗な生活を享受したかもしれないが、最後はギロチンにかけられ断頭台の露と消えた。 この間には何か大きな違いがあると思えてならない。

桂離宮をつくった発想とベルサイユをつくった発想との間にある、長い歴史の培った人間生活のありようの差異といったことである。 そして、八条宮の人生のほうが幸福だと感じるのは私だけであろうか。
住まいや家も時代の変化の波につねにさらされている。 西洋と日本という二分法もすでにして成立しない古いものかもしれない。
だが、住まいが家族の容れ物であるという定義は変わらない。 ただ家族の構造が変わっていくだけである。
この変化の激しい毎日のなかで、住まいづくりを試みるとき、先人たちの発想を振り返ってみることもときには大切であろう。 そして、日本の気候風土の中で住み続けていく以上、日本人たちがいかにしてどのような家をつくってきたかを知ることが、現在でもよりよい住まいづくりの近道となるのである。
最近は、何でも洋風というのが住宅様式のなかにも流行していて、和室がひとつもなく、家の中でも靴をはいたままの生活をしよう、などという人が少なくない。 私は、もう30年ほど前に、靴をはいたまま暮らせる住宅をつくってみたことがある。
しかし、この生活は2年たらずで失敗してしまった。 それは日本人の生活と西洋人や中国人の靴の生活との間にある何かが原因している。

数年前、「エマニエル夫人」という映画がかなり話題になった。

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